T君と聖美と再会≪十月十五日≫ ―壱―電灯はつくが、断水は依然として続いている。 昨日の嵐の影響に違いないのだが・・・・。 断灯は良いけど、断水には困ってしまう。 歯も磨けず、顔も洗えず、トイレにもいけないし始末。 断水にも関わらず、一階のレストランは開店している。 12:00のチェックアウト近くまで、昨日逢った日本人と雑談で時間を過ごす。 彼は、大きな手提げバッグに、一度も使った事が無いように、厳重に仕舞い込まれたシュラフを重そうに抱えていて、これからイタリアに戻り、そのあとすぐ日本に戻る予定だと話す。 一階のレストランで昼食を取る。 昨日の嵐の影響か、排気口らしき所から、どす黒い水が白壁を伝って落ちてきている。 店の中は大騒ぎの状態がまだ続いているのだ。 今は、昨日の事が嘘のように晴れ渡り、何事も無かったように、エーゲ海の海の青さが、陽射しに照らされていっそう際立たせている。 野外のカフェテラスの天幕だけが、だらしなさそうに垂れ下がっている。 そんな光景だけが、昨日の嵐のものすごさを物語っているようだ。 今日こそは、フェリーが出そうだ。 このチェスメ~チオス間には、三隻のフェリーが運航していて、一日一便往復しているらしい。 出航するのは、いつも夕方の4:00。 ほんの一時間ほどの船旅なのだが、国境を渡ると言う事もあって、かなり高い船賃になってしまった。 距離が長く立派な船である、ピレウス~チオス間が7$ちょっとなのを考えると、国境と言うものは煩わしいものである。 フェリーのオフィスに入る。 一部屋しかなく、受付のカウンターと待合室だけの部屋。 汚いソファーが置かれている。 事務所らしく、壁は総ガラス張りで、ソファーに腰を下ろしていても、広場の様子とか海の様子が手に取るように見て取れる。 事務所を任されているのか、一人の青年がいつも受け付けに座っている。 出国用紙に記入して、パスポートを添えて受付のカウンターの上に置く。 フェリーを待っている間に手続きを済ませてくれるようだ。 こんな小さな港町でも、国境を持っている為、カスタム・オフィスも兼ね備えていて、時折制服を着込んだおじさんが姿を見せる。 パスポートと出国用紙およびチケットを集めるだけが仕事らしく、集めたものをカスタム・オフィスに届けると後は暇な様子だ。 何処も役所の仕事と言うものは、こんなものらしい。 暇な時間は、フェリー事務所で仲間と二人でゲームを始める。 長方形の箱を半分開けると、両方がゲームの板になっていて、中には白と黒の二種類のチップが入っている。 ゲームを行う二人が、向かい合って座り、二つのサイコロを交互に振りながら、並べられたチップを動かしていくのだ。 サイコロを使った将棋に似たゲームだろうか。 どういう状態で勝負がつくのか、どのようにしてゲームを進行して行くのかさっぱり分らない。 サイコロの目とチップの動きと、二人の表情を眺めるのが精一杯だ。 ここトルコでは、かなりポピュラーなゲームらしく、土産物売り場でも売られているのを見た事がある。 二人共短気な性格らしく(トルコ人は皆そうかも知れない)、夢中になってくると、チップの動かし方が荒々しくなってくる。 ゲームは意外と早く勝敗がつくらしく、何度も何度もチップを並べ替えてはゲームを繰り返している様だった。 日本のように楽しみが多くないらしく、夕方になると外へ出て、このゲームを楽しむのである。 昔の日本もこうであったように思う。 夕涼みをしながら、床机をだして将棋と言うゲームを楽しんだり、空の星を眺めたりしたもんだ。 そんあ日本の昔の風景とよく似た光景だ。 * CHIOS島からのフェリーが到着したらしく、旅行者が多く入ってきて、両替を済ましIZMIRへ行くバスへと次々と乗り込んでいく。 逆にCHIOS島へ行く旅行者も少しではあるが増えてきたみたいだ。 T君がやってきた。 T君「あの女も今日ぐらい、この町に着くんじゃぁないかな。」 俺 「・・・・・・・・。」 (楽しみに待っているのかな。) T君「グンゴーでIZMIRに行くって言っていたからな・・・。」 あの女とは、グンゴーと言うホテルのロビーで一緒になった、日本人女性二人組みの一人。 どちらかと言うと、まあマシな方の女の子である。 ちょっと気があるのかも知れない。 俺 「そうだなあ、もうそろそろ来ても良い頃かな。」 別に待っているという訳でもないが、一度逢うとコースが似通っている為、二三日滞在していると、またどこかで逢う羽目になることが多いからなのだ。 T君「どうして日本の女の旅行者って、ああブスが多いのかな・・・。」 俺 「・・・・・・。」 T君「良い女って皆、パック旅行で素通りして行っちゃうんだよな。」 俺 「・・・・・・・・・。」 T君「挨拶しても、にこりともしやしない。」 俺 「・・・・・・・・・。」 T君「日本人同士くっ付いて旅しているのに、外国へ来てまで日本人なんかと話なんかしたくないわ!って顔しやがるからな・・・。」 俺 「全くだ。」 T君が続ける。 T君「イタリアからギリシャに渡る船の上じゃさ、東洋人の女が毛唐にべったり。てっきり韓国とか東南アジアの女とばかり思ってたんだよ。だってさ、チビで真っ黒に日焼けしていて、変に長いスカート、ヒラヒラさせてるジャン。そしたらさ、(日本の方ですか?)なんて話し掛けてくるじゃん。もうビックリしたよ。さも毛唐とくっ付いているのが、自慢のような顔をしてさ。毛唐も東洋人の女の美が分んないのかね。東洋の女を連れている毛唐はブスばっかだぜ。そう思わない?」 俺 「・・・・・・・・・・。」 T君「まー、もともとブスしか一人旅してないしな。」 そんな取りとめも無いT君の話を聞きながら、外を見ると向こうの方から、噂の彼女が広場を横切っていくのが見えた。 彼女の名前は「聖美」。 苗字は分らない。 逢って二言三言話したけど、彼女自身のことについては全くわからない。 T君の方は、少し親しくしているようで、あれほどこき下ろしていたのに、彼女が来た事を教えてやると、俺との話をさっさとやめて事務所を出て行った。 彼女をカフェに誘って、お茶を飲みながら一生懸命話し掛けているようだ。 暫くすると、彼女が一人だけで事務所に入ってきた。 俺に気がついているのか、無視しているのか、受付に居る男にフェリーの事を二言三言喋ったかと思うと、また出て行った。 彼女、なかなか英語が達者らしい。 グンゴーのロビーでも、支配人のおじさんと話をしながら、楽しそうに笑っていたのを思い出した。 よくみると、目は細めだがなかなか、チャーミングだ。 胸もそこそこだし。 でも、旅してると、皆美人に見えて来るんだよな。 |